eスポーツを語るとき、避けて通れないテーマがあります。ゲームへの依存をめぐる議論です。
世界保健機関(WHO)は2018年6月18日に公表した ICD-11(国際疾病分類の第11回改訂版)で「ゲーム症(障害)」を嗜癖行動症(障害)群に位置づけ、2019年5月の世界保健総会で採択されました。日本では2020年3月18日に香川県ネット・ゲーム依存症対策条例が可決・成立し、同年4月1日に施行されています。
この問題は、賛否がはっきり分かれています。しかも、双方の主張が噛み合わないまま平行線をたどることが少なくありません。何が事実として確認されていて、何が争点なのか。両論を並べて整理します。
なお、以下は公開情報にもとづく整理であり、医学的な助言ではありません。ご自身や家族の状態に不安がある場合は、専門の医療機関にご相談ください。
目次
ICD-11 における位置づけ
まず、WHO の分類がどういうものかを確認します。
ICD は、疾病や死因を国際的に統一した基準で分類するための体系です。医療統計、保険、政策の基礎として各国で使われます。ICD-11 では「ゲーム症(障害)」が嗜癖行動症(障害)群に分類され、オンライン型、オフライン型、特定不能型の3つの下位分類が示されました。
診断の要件として示されているのは、おおむね次の3点です。ゲームをすることに対する制御の障害(始める・やめる・頻度・時間などを制御できない)、ゲームへの優先順位の上昇(他の生活上の関心や日常活動よりゲームを優先する)、そして負の結果が生じているにもかかわらず使用が持続すること。
さらに、これらの様式が通常12か月間持続または反復していることが求められます。重症の場合は期間が短くても診断されうるとされますが、基本的には長期の持続が要件です。
つまり、「長時間ゲームをする」ことだけでは診断の要件を満たしません。生活に支障が出ているにもかかわらず制御できない状態が、長期にわたって続いていることが条件です。この点は、報道や一般の議論でしばしば省略されます。
DSM-5 での扱いとの違い
比較のために、もうひとつの主要な診断基準にも触れておきます。
アメリカ精神医学会(APA)が発行する DSM-5(2013年)では、「インターネットゲーム障害」が「今後の研究のための病態」として第III部に記載されました。これは正式な診断名として採用されたものではなく、証拠が不十分と判断されたことを意味します。研究を促進するために基準案を示した、という位置づけです。
つまり、WHO と APA で扱いが分かれています。WHO は正式な分類に収載し、APA は研究段階の病態にとどめた。同じ現象について、国際的な二大基準の判断が一致していない状態です。
この不一致自体が、議論が続いている理由のひとつです。分類に収載されたことを「医学的に確立した」と読むか、二大基準の判断が割れていることを「まだ確立していない」と読むか。立場によって解釈が変わります。
賛成側の主張
ゲーム障害の分類と対策を支持する立場は、おおむね次のように主張します。
現に困っている人がいる。ゲームのために学業や仕事を続けられなくなり、昼夜が逆転し、家族との関係が壊れる。こうした相談は実際に医療機関に寄せられており、対応が必要だという実感が基礎にあります。
診断名があることで治療につながる。疾患として分類されれば、医療の対象になります。保険の適用、専門外来の設置、治療法の研究。診断名がなければ、これらは進みません。
早期の介入が有効である。深刻化する前に対処できれば、回復の見込みは高い。そのためには、社会的な認知と相談窓口の整備が必要だとされます。
日本では、久里浜医療センターが専門外来を設けるなど、医療の側からの取り組みが進んできました。同センターの樋口進院長をはじめとする専門家が、対策の推進を支持しています。教育評論家の尾木直樹氏、精神科医の和田秀樹氏なども対策に賛同する立場を示しています。
反対・慎重側の主張
一方、分類や条例に慎重・反対の立場も明確に存在します。
科学的根拠が不十分である。ゲーム障害の有病率について、2017年の研究では推計0.7%から27.5%と、研究によって40倍近い開きがあることが報告されています。これは診断基準の適用や調査方法が定まっていないことを示しており、実態の把握が確立していないという指摘の根拠になっています。
因果関係が逆かもしれない。ゲームへの没入が問題を引き起こしているのか、それとも別の問題(うつ、発達特性、学校や家庭での困難)を抱えた人がゲームに逃避しているのか。後者であれば、ゲームを制限しても根本の問題は解決しません。
過剰診断のリスクがある。単に熱中しているだけの人が病気とみなされることへの懸念です。とくに未成年の場合、保護者の主観で「依存」と判断される可能性があります。
産業と文化への影響も指摘されます。国際ゲーム開発者協会(IGDA)は分類に対して懸念を表明しており、日本でも大阪大学の井出草平氏をはじめとする研究者、エンターテイメント表現の自由の会などが科学的根拠の薄さを指摘しています。
香川県の条例
日本でこの議論がもっとも先鋭化したのが、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例です。
条例は2020年3月18日に可決・成立し、同年4月1日に施行されました。18歳未満を対象に、ゲームの利用時間を平日1日60分、休日90分までとする目安を定めています。スマートフォン等の使用については、中学生以下は21時まで、それ以外は22時までに使用をやめる目安が示されました。学習目的の利用は対象外とされ、罰則の規定はありません。
採決では賛成22議員で可決し、自民党議員会と共産党県議団は反対、リベラル香川は採決前に退席しています。
制定過程で実施されたパブリックコメント(2020年1月23日〜2月6日)の結果は特徴的でした。県民からの意見2,613件のうち賛成2,268件・反対333件だった一方、事業者からの意見73件のうち賛成はわずか1件、反対が68件。県民と事業者で賛否が正反対に分かれました。
2020年5月25日には香川県弁護士会が、条例の廃止と特定条項の即時削除を求める会長声明を発表しています。
訴訟とその結果
条例に対しては、司法の判断も示されました。
2020年9月30日、高松市の親子が香川県を提訴しました。条例が憲法の保障する自己決定権などを侵害するという主張です。
2022年8月30日の判決で、裁判所は条例を合憲と判断しました。原告は期限までに控訴せず、判決は確定しています。
判決が確定したことは、条例が法的に有効であることを意味します。ただし、それは条例の内容が科学的に妥当であることを認めたものではありません。裁判所が判断したのは憲法適合性であり、時間の目安が医学的に適切かどうかではないという点は、区別して理解する必要があります。
罰則がない努力義務規定であることも、判断に影響したとされます。実効性が弱いからこそ権利侵害の程度も小さい、という論理です。これは条例の意義そのものについての議論を残します。
調査データの推移
日本国内の依存に関する調査データを、時系列で並べてみます。
2008年の調査では、ネット依存傾向のある成人が推計270万人とされました。2012年には中高生の推計が52万人、2013年には成人のネット依存が推計421万人と報告されています。2018年8月に公表された調査(2017年度実施)では、ネット依存が疑われる中高生が推計93万人とされました。
これらの数字は増加傾向を示していますが、読み方には注意が要ります。調査の対象、質問項目、判定の基準が調査ごとに異なるためです。また、この期間はスマートフォンの普及期にあたり、「ネット利用」の意味そのものが変わっています。
さらに、これらは「ネット依存」の推計であり、ICD-11 の「ゲーム症」とは対象が異なります。SNS、動画、ゲーム、その他のオンライン活動が混在しており、ゲームだけを取り出した数字ではありません。
統計を引用する際は、何を測ったものかを確認する必要があります。この点は「eスポーツ市場規模の読み方」で扱った統計一般の話と共通します。
eスポーツとの関係
では、この議論はeスポーツとどう関わるのでしょうか。
まず確認しておくべきは、競技としてのeスポーツと、依存的なゲーム使用は別の現象であるということです。競技者は明確な目標を持ち、練習計画を立て、成績によって評価されます。これは依存の定義にある「制御の障害」とは異なる状態です。
一方で、無関係とも言えません。プロ選手の練習時間は1日10時間を超えることがあり、生活の大半をゲームが占めます。外形的には、依存的な使用と区別がつきにくい。周囲から見て「異常な熱中」に見えることは避けられません。
また、競技を目指す過程で生活が破綻する例も想定されます。プロになれる人数は限られており、目標が達成されないまま長時間の使用だけが続けば、それは問題を生みます。学校とeスポーツの関係は「学校とeスポーツ」で扱っています。
さらに、業界にとって現実的な問題があります。eスポーツを推進する立場と、ゲームの使用時間を制限する立場は、社会的な資源をめぐって競合します。自治体がeスポーツ振興と依存対策の両方を掲げる状況も生じています。
業界側の対応
eスポーツ業界は、この問題にどう対応しているのでしょうか。
多くのゲームには、プレー時間の管理機能が実装されています。プレー時間の通知、保護者による制限、深夜の使用制限。パブリッシャーが自主的に提供する機能です。
チームの側でも、選手の生活管理を業務に組み込む動きがあります。練習時間の上限設定、睡眠時間の確保、定期的な休養日。競技力の維持という観点からも、無制限の練習は合理的ではありません。この点は「eスポーツ選手の身体をどう守るか」で扱っています。
教育の場では、活動時間に上限を設ける運用が推奨されます。部活動として認める代わりに、時間管理を制度として担保する形です。
ただし、これらはいずれも自主的な取り組みであり、業界全体の統一されたルールはありません。未成年者の保護について、リーグ規則で労働時間や学業の確保を定める例は海外にありますが、日本では整備されていません。
議論が噛み合わない理由
この問題の議論が平行線になりやすいのには、理由があります。
第一に、論点が複数混在していることです。「ゲーム障害という疾患概念が妥当か」「日本で対策が必要か」「条例という手段が適切か」「時間の目安に根拠があるか」。これらは別々の問いですが、しばしば一括して論じられます。疾患概念を認めることと、条例を支持することは同じではありません。
第二に、当事者の立場が違いすぎることです。医療現場で困難な事例に接している人と、ゲームを文化として享受している人では、見えている風景が異なります。どちらも自分の経験にもとづいて語っており、その経験自体は否定できません。
第三に、データが不足していることです。有病率の推計に40倍の幅があるような状態では、事実にもとづく合意が形成できません。研究の蓄積が必要ですが、それには時間がかかります。
第四に、規制の議論に感情が絡むことです。ゲームを規制する動きは、ゲームを愛する人にとって文化の否定に映ります。逆に、家族が困難な状況にある人にとって、規制への反対は当事者への無理解に映ります。
何が合意されうるか
対立点ばかりを挙げましたが、合意できそうな部分もあります。
困っている人への支援が必要であることは、ほぼ争いがありません。争点は、それを疾患として扱うか、時間の規制で対処するか、別の困難の表れとして支援するかという方法論です。
研究の蓄積が必要であることも共通します。有病率、リスク要因、効果的な介入。いずれもデータが足りません。賛成側も反対側も、根拠の充実を求める点では一致しています。
一律の時間規制には慎重であるべきという点も、意外に共通しています。賛成側の専門家からも、時間の長さだけで判断すべきでないという指摘は出ています。ICD-11 の診断要件も、時間ではなく制御の障害と生活への支障を基準にしています。
未成年者への配慮が必要であることも共通の理解です。成長期の生活習慣、学業との両立、保護者との関係。これらへの配慮は、規制の是非とは別に必要とされます。
競技者と依存の見分け方
外形が似ているために混同されやすい2つの状態を、どう区別すればよいのでしょうか。
目標があるか。競技者は明確な目標を持ち、そこから逆算して練習を組み立てます。大会に出る、順位を上げる、特定の技術を身につける。目標がなく、ただ時間が過ぎている状態とは異なります。
制御できているか。ICD-11 の診断要件の中心は制御の障害です。始める・やめる・頻度・時間を自分で決められているか。競技者は、試合前日に早く寝る、休養日を設けるといった制御を行います。
他の生活が成立しているか。学業、仕事、睡眠、人間関係。これらが維持されているなら、時間が長くても問題とは言えません。逆に、時間は短くても生活が破綻していれば問題です。
やめられるか。競技者は引退します。目標を達成した、あるいは達成できないと判断したときに、区切りをつけて離れられる。これができるかどうかは、大きな違いです。
もっとも、この4つを満たしていても、長時間の使用が身体に与える負担は残ります。プロ選手の練習時間は1日10時間を超えることもあり、健康管理は別の課題として存在します。この点は「eスポーツ選手の身体をどう守るか」で扱っています。
「競技だから問題ない」という言い方も、「長時間だから問題だ」という言い方も、どちらも大雑把すぎます。
この議論をどう扱うか
eスポーツに関わる立場から、この議論とどう向き合うべきでしょうか。
まず、争点を切り分けることです。疾患概念の妥当性、対策の必要性、規制手段の適切性は別々の問題です。一括して賛成・反対を表明するのは、議論を粗くします。
次に、根拠を確認することです。引用される数字が何を測ったものか、どの調査によるものか。統計の定義を確認する習慣は、この分野でとくに重要です。
そして、当事者の経験を否定しないことです。困難を経験した人の証言も、ゲームによって救われた人の証言も、どちらも事実です。一方だけを取り上げて論じるのは公正ではありません。
最後に、業界の側が先に手を打つことです。時間管理の機能、選手の健康管理、教育現場での運用指針。自主的な取り組みが充実していれば、外部からの規制の必要性は下がります。規制を批判するだけでは、状況は動きません。
この議論は、eスポーツが社会に受け入れられていく過程で必ず通る道です。避けるより、正面から向き合うほうが結果的に早い。
保護者と学校が実際にできること
制度や分類の議論から離れて、目の前の状況にどう対処するかを考えます。
時間の長さだけで判断しない。ICD-11 の診断要件は、時間ではなく制御の障害と生活への支障を基準にしています。長時間遊んでいても、学業や睡眠、人間関係に支障が出ていなければ、それは熱中であって障害ではありません。
何に困っているかを具体化する。「ゲームばかりしている」ではなく、「朝起きられない」「宿題が終わらない」「約束した時間に終われない」。具体化すれば、対処も具体的になります。
一方的に取り上げない。ゲームは本人にとって重要な活動であり、友人関係の場でもあります。突然の禁止は反発を生み、隠れて続ける結果になりやすい。
時間を一緒に決める。本人が納得したルールのほうが守られます。決めた時間を守れているかを一緒に確認し、守れていれば認める。
背景を疑う。ゲームへの没入が、学校での困難や家庭の問題からの逃避である可能性があります。ゲームを制限しても、その困難は残ります。
必要なら専門機関へ。生活が実際に破綻しているなら、家庭内での対処には限界があります。医療機関や相談窓口に早めにつなぐことが有効です。
いずれも当たり前のことですが、感情的な対立が起きているときには実行が難しい。だからこそ、平時に方針を決めておくことに意味があります。
eスポーツ推進と依存対策の並立
自治体や学校が、eスポーツの推進と依存対策の両方を掲げる状況が生じています。
矛盾しているように見えますが、必ずしもそうではありません。構造化された活動と無制限の使用は違うためです。
部活動としてのeスポーツには、活動時間の上限があり、指導者がいて、目標があり、集団の中で行われます。これは無制限に一人で遊び続ける状態とは異なります。むしろ、時間管理と付き合い方を学ぶ場になりうる。
一方で、この説明が成立するのは、実際に時間管理が行われている場合に限ります。「部活だから」と称して深夜まで活動していれば、説明は破綻します。
推進する側には、この一貫性を保つ責任があります。活動時間の上限を明示する、健康管理の方針を示す、保護者に説明できる形にしておく。これがなければ、推進と対策は本当に矛盾します。
学校でeスポーツを扱う際の実務は「学校とeスポーツ」で扱っています。
参考・出典
- Gaming disorder(WHO)(世界保健機関)
- Wikipedia「ゲーム障害」
- Wikipedia「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」
- eスポーツとは|一般社団法人日本eスポーツ協会(JeSU)(日本eスポーツ協会)
- スポーツ庁|文部科学省(文部科学省)
- Wikipedia「eスポーツ」
本記事は執筆時点(2026年8月)の公開情報にもとづく整理であり、医学的な助言ではありません。ご自身や家族の状態に不安がある場合は、専門の医療機関にご相談ください。




