「プロeスポーツ選手」と聞いたとき、多くの人はチームに雇われて給料をもらう姿を思い浮かべるかもしれません。しかし実際には、日本のeスポーツ選手の多くはチームの従業員ではありません。個人事業主としてチームと業務委託契約を結び、成果に対して報酬を受け取る関係にあります。
この違いは言葉の問題ではありません。労働時間の上限も、最低賃金も、有給休暇も、解雇の制限も、労働基準法が定める保護は原則として及ばない。契約が終われば、そこで関係も終わります。引退したあと、選手はどこへ行くのかで見たセカンドキャリアの難しさも、この契約構造と地続きの問題です。
この記事では、eスポーツの選手契約に何が書かれ、どこが争点になるのかを、日本の法制度に照らして整理します。内容は2026年9月時点の情報にもとづきます。
目次
契約書の表題は「選手契約書」でも、中身は業務委託
eスポーツにおける選手契約は、法的には大きく二つの類型に分かれます。ひとつは雇用契約、もうひとつは業務委託契約(民法上は準委任契約に整理されることが多い)です。
弁護士による解説を見るかぎり、日本のeスポーツでは業務委託契約という整理で運用されているのが一般的とされています。選手はチームの指揮命令を受けて労務を提供するのではなく、「勝つこと」「大会に出場すること」「チームの活動に協力すること」を引き受ける独立した事業者として位置づけられます。
この形が選ばれてきた理由は、いくつか考えられます。競技成績に応じて報酬を大きく動かしやすいこと、選手個人が配信やスポンサー活動で得る収入と切り分けやすいこと、そしてチーム側にとって社会保険料などの負担が生じないこと。競技寿命が短く、部門の統廃合も頻繁に起きる業界の実態と、契約形態がかみ合ってきたという面もあります。
一方で、この整理には弱点があります。業務委託である以上、報酬の支払いが遅れても労働基準法の賃金支払いに関する規定は使えません。契約を打ち切られても、解雇権濫用法理のような歯止めはかかりません。守るための道具が、労働法ではなく契約書そのものになるということです。
「労働者」かどうかは、契約書の名前では決まらない
ただし、契約書に「業務委託契約書」と書いてあれば必ず業務委託になる、というわけではありません。労働基準法上の労働者にあたるかどうかは、契約の名称ではなく実態で判断されるというのが確立した考え方です。
法律実務では、次のような要素を総合して判断するとされています。
- 仕事の依頼に対して断る自由があるか
- 業務の内容や進め方について、具体的な指揮命令を受けているか
- 勤務する場所と時間が指定・管理されているか
- 本人以外の者が代わりに労務を提供できるか
- 報酬が労務の対価としての性格を持つか
- 機材を自前で用意するなど、事業者としての性格があるか
- 特定のチームへの専属性がどの程度強いか
- 源泉徴収や福利厚生の扱いがどうなっているか
これをeスポーツにあてはめると、判断が割れそうな要素がいくつも見つかります。練習時間が細かく決められている、ゲーミングハウスでの居住が義務づけられている、使用するデバイスや配信のスケジュールまで指定されている——こうした運用が積み重なるほど、実態は雇用に近づきます。
日本では、eスポーツ選手の労働者性が正面から争われた裁判例はまだ多くありません。しかし、実態が雇用に近い運用をしながら業務委託の形式だけを維持することには、法的なリスクが伴います。この論点は今後、国内でも顕在化していく可能性があります。
なお、労働者性が認められるかどうかは、選手にとって一方的に有利な話とも限りません。雇用契約になれば労働法の保護は及びますが、同時に副業の制限や職務専念義務といった雇用固有の縛りも生じます。配信活動で個人の収入を得ている選手にとって、どちらが望ましいかは一概に言えません。重要なのは、形式と実態がずれたまま運用されている状態を放置しないことです。ずれを抱えたままでは、もめたときにどちらの当事者も自分の立場を主張しにくくなります。
似た構図は、芸能分野やプロスポーツでも長く議論されてきました。個人事業主として活動する者が、実質的には特定の事業者に強く依存している——この関係をどう扱うかは、eスポーツだけの問題ではなく、日本の労働法と競争法が共通して抱えてきた課題です。
報酬はどう決まるのか
選手契約でもっとも重要な条項は、当然ながら報酬です。日本のeスポーツの選手報酬は、おおむね次の要素の組み合わせで構成されます。
| 要素 | 内容 | 論点になりやすい点 |
|---|---|---|
| 固定報酬 | 月額または年額で支払われる基本部分 | 金額、支払日、減額の条件 |
| 大会賞金の配分 | 獲得賞金のチームと選手の取り分 | 配分率、税の負担、チーム外の大会の扱い |
| スポンサー収入の配分 | チームが得たスポンサー料の一部 | 分配の有無と基準 |
| 個人活動の収入 | 配信、広告、グッズなど | チームの取り分があるか、どこまでが「個人活動」か |
| 成績連動の報酬 | 順位や勝率に応じた加算 | 指標の定義 |
このうち、外から見えにくく、しかしもめやすいのが賞金の配分です。海外では、米国の『フォートナイト』選手Tfueが所属先のFaZe Clanを提訴した事案で、収益配分の条項が問題として取り上げられ、大きく報じられました。
日本では、賞金そのものに景品表示法の制約がかかるという別の問題も重なります。誰が主催し、誰に対していくら支払うのかによって、そもそも賞金として出せる金額が変わる。この論点はeスポーツの賞金はなぜ複雑なのかで詳しく扱っています。
賞金の配分では、支払いの経路も確認が要ります。主催者から選手個人に直接支払われるのか、いったんチームが受け取ってから分配されるのかで、税務上の扱いも、支払いが滞ったときの請求先も変わります。海外大会の賞金であれば、現地での源泉徴収と日本での申告の関係も生じます。個人事業主である以上、確定申告と経費の管理は選手自身の責任になります。
固定報酬についても、支払日と減額の条件を確認しておく価値があります。「チームの経営状況により報酬額を見直すことがある」といった条項は、書きぶりによっては一方的な減額を許すことになりかねません。業務委託契約には最低賃金の適用がないため、下限は契約書がすべてです。
肖像権と配信収益 — 「誰のものか」でもめやすい二つ
選手契約でとくに丁寧な整理が要るのが、肖像権・パブリシティ権の帰属と、プレー動画の配信収益です。
チームは選手の氏名・ハンドルネーム・写真をグッズやスポンサー向けの露出に使います。一方、選手は自分の配信チャンネルを持ち、そこで収益を得ています。契約書がこの境界をあいまいにしたまま進むと、あとから「その使い方は聞いていない」という話になります。
実務では、次のような点を明記することが望ましいとされます。
- チームが選手の肖像を使える範囲(媒体、地域、期間)
- 契約終了後に、既に制作された素材をどこまで使い続けられるか
- 選手個人の配信チャンネルの所有者は誰か
- 配信で得た広告収入・投げ銭の扱い
- 競技用アカウントの帰属(チーム名義か、選手名義か)
とくにアカウントの帰属は見落とされがちです。ランクやスキンといった資産が紐づくアカウントを誰の名義で運用するかは、離脱時に直接影響します。チームが用意したアカウントで長く戦ってきた選手が、移籍とともにそれを手放すことになるのか。契約書に書かれていなければ、話し合いで決めるしかありません。
配信チャンネルの扱いも同じ構図です。チーム所属中に伸びた登録者数は、選手個人の資産でもあり、チームの露出施策の成果でもあります。どちらか一方に割り切れる性質のものではないため、契約終了後にチャンネルをどうするかを先に決めておくほうが、あとから配分を争うより現実的です。
専属義務と移籍 — 契約が終わったあとの自由
選手契約には、多くの場合、他チームへの所属を禁じる専属義務が入ります。これ自体は競技の性質上あって当然の条項ですが、範囲が広がりすぎると別の問題が生じます。
参考になるのが、公正取引委員会の動きです。2018年2月に公表された「人材と競争政策に関する検討会」報告書は、発注者が個人事業主の移籍を制限する取り決めが独占禁止法上の問題になりうると指摘しました。これを受けて公取委は、2019年6月に「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方」を公表しています。
つまり、選手が個人事業主である以上、契約終了後の移籍まで過度に縛る条項は、競争法の観点から問題視されうるということです。契約期間中の専属義務と、契約終了後の制約は、区別して考える必要があります。
移籍については、リーグ側の規約との整合も要ります。国内の主要リーグはロースター登録の期限や移籍可能期間を定めており、チーム間で合意しても規約上できない移籍があります。契約書とリーグ規約のどちらが優先するかは、あらかじめ整理しておかないと動けなくなります。
未成年選手とゲーミングハウス
eスポーツは、10代の選手が第一線に立つ競技です。ここに固有の論点があります。
未成年者が単独で結んだ契約は、原則として取り消すことができます。したがって親権者の同意を得ることが実務上必須になりますが、同意を取ればすべて解決するわけではありません。学業との両立、深夜の練習や配信、遠征時の監護。契約書の外側にある生活面の取り決めが、実際には大きな比重を占めます。
ゲーミングハウスでの共同生活も、契約に書き込むべき事項を増やします。家賃・光熱費の負担、退去のタイミング、私物の扱い、生活上のルール違反があった場合の措置。住居の提供が報酬の一部としての性格を持つのか、それとも福利厚生なのかによって、税務上の扱いも変わります。
加えて、10代の選手には学業との両立という論点がつきまといます。平日の練習時間、大会遠征に伴う欠席、深夜帯に組まれる海外大会。これらをどこまで義務とするのかは、本来は契約書に書かれるべき事項ですが、慣行として口頭で決まっている例も少なくないとみられます。高校生年代の選手が増えている国内の状況を考えると、この部分の明文化は今後さらに重要になります。教育現場でのeスポーツの広がりについては、学校とeスポーツで扱っています。
競技団体の側にも、この領域への関与が期待されています。プロライセンス制度は何を変えたのかで扱ったプロライセンス制度は、タイトルごとにIPホルダーとJeSUの協議で発行方針が決まる仕組みですが、選手契約そのものを規律する制度ではありません。実際、JeSUの公認プロライセンス規約は、ライセンスの発行・更新・停止といったライセンス自体の扱いを定めるものであり、選手とチームの間の契約条件に踏み込むものではありません。
契約が終わるとき — 満了、中途解約、部門の撤退
選手契約でもっとも切実なのは、始まり方ではなく終わり方です。終わり方には三つのパターンがあります。
ひとつめは期間満了です。多くの選手契約は1年前後の有期契約で、更新するかどうかは双方の意思で決まります。更新しない場合に、いつまでに通知するのかを決めておかないと、シーズンオフの移籍市場が動き終わったあとに「更新しない」と告げられる事態が起こりえます。通知期限の条項は、選手側にとって実質的な保護になります。
ふたつめは中途解約です。成績不振、規約違反、SNSでの不適切な発言など、チーム側が契約を打ち切る理由として想定される事由が列挙されるのが一般的です。ここで重要なのは、事由の書き方がどれだけ具体的かという点です。「チームの名誉を毀損したとき」のような抽象的な条項だけが並んでいると、判断の幅が広くなりすぎます。
みっつめは部門そのものの撤退です。これはeスポーツに特有の事情といえます。タイトルの人気やリーグの構造は数年単位で変わり、チームは参入と撤退を繰り返します。選手に落ち度がなくても、活動の場が消えることがある。撤退時に契約がどう扱われるのか、残りの期間の報酬がどうなるのかを事前に定めている契約書は、決して多くありません。
チームの参入タイトルが数年で入れ替わる実例は、チーム紹介の各ページの沿革からも読み取れます。
海外では何が整備されてきたのか
日本より市場が大きい北米では、選手の契約環境について制度的な手当てが先行しました。
『League of Legends』の北米リーグ(当時のNA LCS)は、2018年にフランチャイズ制へ移行する際、運営元のRiot Gamesがリーグ参加チームに一定の条件を課しました。報じられているところでは、選手の最低年俸を2万5,000ドルから7万5,000ドルへ引き上げ、リーグ収益の35%を選手に配分することを保証し、医療保険や401(k)といった従業員向けの福利厚生の提供を義務づけるという内容です。業務委託ではなく、雇用に近い形へ寄せた設計といえます。
また2017年には、Riot Gamesの主導で北米の選手協会(NA LCS Players Association)の設立が進められました。ただし、リーグ運営者が選手側の団体の設立に関与すること自体が、労働法の観点から適切かという議論も起きています。当事者団体をどう独立させるかは、海外でも解決済みの問題ではありません。
重要なのは、リーグ運営者がチームに条件を課すという方法が機能したという点です。個々の選手とチームの交渉力の差は簡単には埋まりませんが、リーグが参加要件として最低条件を定めれば、業界全体の水準を一段引き上げることができます。日本でも、リーグ側が契約条件に踏み込む余地は残されています。
業界に統一の契約書がないという問題
ここまで見てきた論点は、どれも「契約書にどう書くか」に帰着します。ところが日本のeスポーツには、業界共通の標準契約書やひな形が存在しません。各チームが個別に作成しているのが現状です。
プロ野球やJリーグには統一契約書があり、選手の権利義務の骨格が業界全体で共有されています。eスポーツにはそれがない。結果として、チームによって条件の考え方がまったく異なり、選手が自分の契約の妥当性を判断する材料を持てません。
経済産業省の委託事業として2019年度に開かれた「eスポーツを活性化させるための方策に関する検討会」の報告書は、市場規模の推計とともに、国内の取り組みの現状と課題を整理しました。産業としての基盤づくりが議論の対象になってきた一方で、選手の契約環境の標準化は、まだ業界の宿題として残っています。
選手会のような当事者団体の必要性も指摘されています。ただし選手が個人事業主である以上、労働組合として法的な保護を受けられるかには議論があり、単純な話ではありません。選手の在籍期間が短く、タイトルをまたいだ横のつながりも生まれにくいという、eスポーツ固有の事情も重なります。
もっとも、統一契約書がないこと自体が一方的に悪いとも言い切れません。タイトルによって大会の構造も収入の源泉もまったく違うため、ひとつの型に押し込めれば実態と合わなくなる恐れがあります。現実的な方向は、全部を統一することではなく、最低限これは書いておくべきという項目のリストを業界として共有することでしょう。
選手が契約前に確認しておきたいこと
最後に、契約を結ぶ側の視点で要点を整理します。
- 契約の類型を確認する — 雇用か業務委託か。業務委託なら、労働法の保護は及びません
- 業務の範囲を確認する — 大会出場のほかに、練習、配信、取材対応、イベント出演がどこまで義務なのか
- 報酬の内訳を確認する — 固定部分、賞金配分、スポンサー収入の分配。支払日と支払方法も
- 肖像とアカウントの帰属を確認する — 契約終了後の扱いまで書かれているか
- 専属義務の範囲と期間を確認する — 契約終了後にどこまで制約が残るのか
- 契約期間と終了の条件を確認する — 更新の手続き、途中解約の要件、成績不振時の扱い
- 紛争になったときの手続きを確認する — 管轄裁判所や協議条項
そして、署名する前に専門家に見てもらうこと。契約書は、うまくいっているときには読まれません。読まれるのは、関係が壊れたときです。そのときに自分を守るのは、そのとき交わした一枚の書面だけになります。
日本のeスポーツはまだ若い産業で、制度が実態に追いついていない領域が多く残っています。選手の契約環境は、そのなかでも当事者の生活に直接かかわる部分です。統一契約書の整備や紛争解決の仕組みづくりは、業界が次の段階へ進むための条件のひとつだといえるでしょう。
参考・出典
- eスポーツを巡るリーガル・トピック 第9回 eスポーツにおける契約上の問題点(2)――eスポーツにおける選手契約(商事法務ポータル・長島匡克、2021年)
- eスポーツ選手契約の法的性質と、契約書の注意点(弁護士法人浅野総合法律事務所)
- チーム・選手間の選手契約に関する注意点(佐野法律事務所)
- 「人材と競争政策に関する検討会」報告書(公正取引委員会 競争政策研究センター、2018年2月)
- スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について(公正取引委員会、2019年6月)
- 経済産業省との取り組みについて(「eスポーツを活性化させるための方策に関する検討会」報告書)(日本eスポーツ連合)
- NA LCS Franchising(Liquipedia)
- The average 2020 LCS player salary is higher than you might expect(Dot Esports、2020年)
- JeSU公認プロライセンス規約(日本eスポーツ連合)



